出来ることと出来ない事。

私には生きていく上で切っても切り離せない障害がある。先天性心臓疾患。発達障害ADHD。それらの二次障害となった双極性障害摂食障害だ。だれがこんな私と一緒にいたいと思う?だれが私を笑わせてくれる?逃れられない障害から解放してくれるの?

どうせ誰もいない。

私は独り。

孤独をかみしめる事でしか生きられない。

 

人のいう当たり前の事ができない。

朝起きる事や夜寝る事。

ご飯を食べること。

仕事をすること。

生きること。

約束を守ること。

発言には責任など持てなかった

 

誰が私を救える?ほらおいで

秘密の時間

半年前までは当たり前のように通った道をいま半年ぶりに通る。

新宿から家までの車中だけは仕事の疲れを癒してくれたのだ。

運転手の黒服はわたしの悩みを聞いてくれる唯一の人だった。仕事の付き合いだったが、車中ではまるで友だちのような間柄だった。

 

黒服とは親密な関係になることは禁止だったが、黒服は私には優しくしてくれた。朝方4時に黒服と食べた牛丼を食べにいったり、東京タワーが好きな私の為に、遠回りして、東京タワーの近くにまで連れて行ってくれた。

二人きりの秘密の時間。

 

黒服と見た深夜の東京タワーは

今でも忘れることのない景色だ。

いつもはおちゃらけた態度をとる黒服が、その時だけ表情をかえ、静かに東京タワーを見上げていたことがわたしは嬉しかった。

 

だから、仕事終わりの送りの二時間のドライブは何より大好きだった。

黒服はあの時のこのを覚えているだろうか。

あの時だけは、夜の女の子というレッテルを張らずに済んでいたと

懐かしく思う夜。

私の好きだったあの子

好きだったあの子が変わっていく

変わることをしないで欲しかった

普通になりたいというあの子の言葉を受け入れられないわたし。

あの子は理解などされなくてもいいという。

きっと本心ではないだろう。

 

私があの子に捧げた時間はなんだったんだろう。あの子が好きだ。普通になど生きられなくとも自分の生き方を貫くあの子が好きなのだ。世間になど汚れなど知らない真っ直ぐなあの子。あの子が言う望みは叶わないだろう。だって、あまりにもあの子は真っ直ぐすぎて疑うことも責めることもできないのだから。人を信じすぎて自分を犠牲にしているのだから。

そう言ったらあの子は犠牲になどしていないと言うだろう。あの子の心はそんなに強くはない。押し潰されて私の大好きな、貴方に戻ってほしいよ。ごめんね。

メンヘラとかいう使い勝手のいい言葉

 

メンヘラって最高に便利な言葉だと思うの

私、メンヘラなの。

そう言ってしまえば無駄な人間関係は省けるじゃない

人と無理に絡まなくて楽じゃない

そんなに深刻に捉えられないじゃない

いい言葉ではないけれど

わたしはすき

メンヘラって言えば

バカに見せちゃって人から見下されて

プライドなどないのだから

楽な自分を演じればいい

メンヘラだから人は寄り付かないし

馬鹿を演じればいいし

そんな自分は最高に楽

クズなの

 

ダメな私

一年前のあの日の私と今の私

何も変われていない

変われなかった

悔やむこともない

出来ないことが前提としてあるからだ

 

周りと比べる癖がある

悪い癖

周りと比較しては自己嫌悪に陥る

人生の殆どをこの繰り返しに使ってきた

無駄時間

繰り返しの人生で終わるくらいなら

死にたい

人生の波を感じたくはない

感情の波も感じたくはない

 

一度でいいから

他人の幸せが自分の幸せだ。と

言ってみたい

そう言える自分は未来にいるのだろうか

 

ふとした時

人間らしさを感じては、死にたくなる

 

損得感情とか

自分が一番大事とか

相手の気持ちを優先できない時とか

強い者になびく時とか

感情的に話す時とか

 

あぁ、、、人間的だな、、

人間的な自分はつまらない

 

そんな日を積み重ねて

今まだ死ねずにいる

 

真剣に生きてないから

どうだっていい

なんでもいい

人任せでいっか

こだわりなんてない

どうせいらない、もう

道の選び方を教えてください。

数ヶ月振りに息を引き返した。

平穏な日常を取り戻したが、なにから手をつけていいか分からずにいる。

生活とは、日常とは、どう送るのが正しいのだろう。

例えば、洗濯をするとか掃除をしてみるとか当たり前の事なのにそれが出来ずに終わる日を私は何度も重ねてきた。

今日は何をして過ごしたのか考えたが、胸を張って言える生活ではなかった。

 

夜、友達と電話をしても、私は話す事柄が無いから、ただ友達の話を聞く事しかできない。だから友達にはきっと、私はつまらない奴だと思われたに違いない。

 

思い返せば、人に認めてもらえるような、「何か」を達成した試しがない。

人から認められたいが、認められる事を諦めているから、自分で自分を認めていくしかないのだ。そうやってどうにか自己肯定感や自己満足を身につけようとしたが長続きせず、挫折するたび自信を無くした。

わたしには、少しのプライドもない。

こだわりもとくにない。

貫きたい意思もないし、私自身の存在も薄いように感じる。

そういう面倒なものは、無い方が楽だと思っていたからだ。そして、そういう面倒な私のプライドやこだわりは、周りの人を傷つけ困らせてきたからだ。本当はプライドやこだわりがないと言いながら、未だに消せないちっぽけなプライドはあるし、意思も存在するのかもしれない。ただ私のプライド、意思、こだわりは、他人を泣かせ、困らせて私を苦しくさせるものだから、何にも無い人間になりたい。

平穏な生活を手にしたいと言いながら、本音を言えば、平穏など要らないし、安定などできる人間ではない。

自分の幸せと、周りから見た私の幸せとが一致する日が来ないような気がする。

自分の幸せを追い求めつづければ、周りの人は私を不快に思い、嫌悪感を抱くに違いない。周りの人を幸せにする事を選ぶならば、自分のこだわりやプライド、意思を偽り生きていく事しか今の私には選択肢がない。

自分の幸せを望むか。

それとも、自分の幸せより周りの幸せを望むか。

私の意思を殺して生きていく事が出来るのだろうか。

周りの人を傷つけ困らせてまで、自分の道を貫けるだろうか。

わたしはどちらかしか選べない。

選ばなければならない。